自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その39 同窓会報第94号(2020年10月1日発行)


コロナ禍に思う研究の意義」

             自治医科大学附属病院脳卒中センター・内科学講座神経内科学部門 田中亮太
tannakaryota

 大学卒業後、母校の順天堂大学の神経学講座(脳神経内科)に入局した。当時神経学講座を主宰していたのは、自治医大でも教鞭をとられていた水野美邦教授である。脳神経内科の臨床の基盤を作り上げた一方で、基礎研究の体制を整備したのも水野教授だった。約4年間の臨床研修後に大学院に進学した。順天堂は本邦におけるパーキンソン病の治療・研究のメッカであり、パーキンソン病の研究をしないものは非国民的な雰囲気もあったような気がする。その中で小生はあえて非主流派の道、すなわち脳血管障害の基礎研究を選択してみた。当時脳卒中はtPA静注療法や血栓回収療法等のグレードAの治療法は無く、急性期の患者さんが搬送されても治療の選択肢は少なかった。そのため脳梗塞の新規治療法の開発を目的とした研究が世界中で盛んに行われていた。
  私の大学院の研究テーマは「虚血性神経細胞死の病態とその防御」であったが、当時の研究を指導してくれた卜部貴夫先生(現順天堂大学浦安病院脳神経内科教授)や望月秀樹先生(現大阪大学脳神経内科教授)のおかげで、幅広い研究テーマで実験をさせてもらった。しかし、研究は当初より多難続きであった。私の研究は脳梗塞モデル動物を作成し解析するものが多かったが、このモデル動物を作成する技術を習得するまでに2年も費やしたことを覚えている。同期が着々とデータを積み重ねていく中、自分はスタート地点にも立てていないというプレッシャーは想像以上だった。それでもやるしかないと自らを鼓舞し、朝早く研究室に出勤し、帰るのは午前1時や2時が当たり前の生活が続いた。その甲斐もあったのか、大学院を3年で卒業することが出来たことは奇跡だった。
 卒業してからは、大学院時代から興味を抱いていた再生医療の研究のため、University of Calgaryに留学する機会を得た。内在性神経幹細胞・前駆細胞を動員した脳梗塞の治療が研究テーマだった。再生医療の研究は大学院時代も行ってきており、留学先でも、ある程度やれる自信があったのだが、やはり実験はうまくいかないものである。基本となる単純な免疫染色でさえ、うまくいかないことも多く、日本とカナダでは水が違うからと都市伝説的な逸話を信じてしまうくらいだった。よほど参っていたのだろう。日本で習得したAAV(アデノ随伴ウイルスベクター)による神経前駆細胞の可視化もうまくいかず、結局論文報告するまでに至らず帰国した。“実験の99%は失敗で、残りの1%が成功だ”とよく聞く話だが、妙に納得する。
 帰国してからは、若手の大学院生を指導する立場になった。一見すると大学院生に実験をまかせて、自身は指導という楽な立場と思われがちだが、これがまた大変だ。大学院生の研究がうまくいかないときは技術的な指導をするだけでなく、精神的なフォローも必要だ。大学院生の業績不振は指導医の責任でもあり、その重責は大変なものだ。こうしてみると、研究はつらいことばかりで良いことが少ないように思える。だが、よく考えてみると意外と喜びも多い。大学院生を指導した論文がreviseなしに一発でacceptされことがあった。私自身初めての経験だったが、先日も同じ経験をさせてもらった。CRSTのご紹介で34期(兵庫)の杉山陽介先生の症例報告に携わることが出来た。COVID-19に合併した脳静脈血栓症の症例報告だが、これも英文誌に一発でacceptされた。人生で2回目となるが、やはりno reviseは嬉しい。また、これまで脳梗塞の新規治療法の開発を研究テーマにし、様々な研究を行なってきたが、我々が報告してきた研究内容が他の研究者の新しい研究を切り開くきっかけになるのもまたうれしいものである。そして何より研究がうまくいって論文報告出来た時の酒は格別である。
 最近、日本人海外留学者減少のニュースをよく聞く。国内の研究施設のレベルが上がったため、海外に行かなくても国内で質の高い研究をする環境が整ったという見方もある。一方で日本からの自然科学系論文の量、質ともに10年前に比べ低下しているそうだ。新型コロナウイルスによる感染症が猛威を振るうなか、日本からのCOVID-19関連の研究報告も少ないというのは皆さんも実感されているのではないだろうか。”2番じゃダメなんですか?” という某国会議員の発言を思い出すが、やはり研究においてはトップでいた方が良い。基礎研究の基盤の強さがいざとなった時の国力に影響するのだろう。私は5年ぐらい前から免疫と脳梗塞の関係を新たな研究テーマとして基礎研究を進めてきたが、その成果を論文投稿中である。免疫と脳梗塞には一見関連が少ないように思えるが、実は脳梗塞の病態に大きな影響を及ぼすことが分かってきた。COVID-19ではウイルス感染が契機になり血栓塞栓症を発症するが、この病態にもthromboinflammationのメカニズムが重要な役割を果たしている。このチャンスを逃すまいと、これまで蓄積してきた免疫と脳梗塞の知見を、早速ヒトに応用する研究を計画しているところだ。幸い来年から自治医大脳神経内科でも大学院生と研究が出来そうで、今からわくわくしている。日々の臨床には解決されていない課題が無数にある。メジャーな課題ではなく、逆に人とは違うことテーマに研究をやってみるのも良い。100人が100の研究テーマを持って邁進すれば、日本における研究の基盤もより強固になる。コロナ禍で研究も含め様々な制限を受けざるを得ない状況だ。そんな状況だからこそ、自分のやるべきことをコツコツと進めることが、10年後のより良い環境に繋がるのではないか。そんなことを妄想しながら、日々柔軟に対応しながら研究を続けている。そして目標達成した際のうまい酒が飲めることを楽しみに、日々精進していきたい。
 当科では、脳卒中をはじめ神経疾患の臨床・基礎研究を行っています。興味がある方はぜひご連絡ください。

 rtanaka@jichi.ac.jp。
                                            

(次号は、自治医科大学放射線医学教室教授 森 墾先生の予定です)


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